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浦和地方裁判所 昭和51年(ワ)794号 判決 1980年3月25日

原告

松下電器産業株式会社

右代表者

松下正治

右訴訟代理人

永野謙丸

外四名

被告

森田実

右訴訟代理人

竹沢東彦

石黒康

主文

被告は原告に対し、金六二、一〇二、二〇七円及びこれに対する昭和五一年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告において金二〇〇〇万円の担保を供するときは第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1の(一)<編注・原告は家庭用電気機器等の製造販売を営業とする会社である>は当事者間に争いがない。

二1  被告がデロルトの取締役に選任され、これについて承諾したかどうかについて検討する。

被告がデロルトの取締役に就任した旨の登記がなされていることは当事者間に争いがないところであり、弁論の全趣旨から被告の署名押印部分を除き成立の認められる甲第五号証の七(創立総会議事録)にも、昭和五〇年一一月二八日デロルトの創立総会において被告が取締役に選任された旨の記載がみられるが、右議事録の被告の署名押印が被告の意思によつてなされたと認めるに足る資料がなく、他に、被告をデロルトの取締役に選任する手続が行われたこと及び被告が取締役就任を明示に承諾をしたことを認めるべき資料はない。かえつて、<証拠>によると、被告は埼玉県岩槻市大字鈎上新田五五八番地所在の有限会社城南自動車の代表者であつたところ、昭和四九年七月頃訴外日栄工機株式会社に依頼した機械の設置工事の下請業者として被告方に来た坂手仁こと並木勇と知り合い、同年一〇月頃並木勇に対し機械設置工事を依頼したこと、その際並木は被告に対し自分の仕事への協力を依頼し、被告の所有する岩槻市内の土地建物を借受け「デロルトスポーツコーナー」「デロルト事業本部」等の名称で、カーアクセサリー用品の販売等の仕事を始め、昭和五〇年八月頃には「株式会社デロルト」の名称を使用していたこと、被告は並木勇から同月頃デロルトの販売専門会社として城南商事株式会社を設立したいので、名目上の取締役に就任してほしい旨の要請を受け、これを承諾し、並木勇に被告の印鑑証明書一通(同年七月九日)を交付し、数時間被告の実印を預けたこと、更に、同年九月一日頃被告は並木勇から城南商事の会社の謄本の控に、印鑑証明が一通足りないので渡してほしい旨申入れを受け、その頃更に印鑑証明書一通(昭和五〇年九月一日付)を同人に交付した(並木勇は同じ頃小林綾女に対し名目上の代表取締役に就任することを依頼し、承諾を得て印鑑証明書を交付させていた)が、デロルトの設立に際し、事前又は事後に名目的にしろ同会社の取締役に就任することを明示に承諾して設立手続に参加したこともなく、デロルト設立後も取締役その他の職務を担当したこともなかつたことが認められる。

2  原告は、被告が黙示にデロルトの取締役就任を承諾したと主張するが、被告は前記のとおり、城南商事の(名目的)取締役に就任してほしいとの並木の申入れに対しては明示に承諾したこと、<証拠>によれば、城南商事とデロルトとも並木勇が実質的経営者であることを被告も知つているとみられること、城南商事は昭和五〇年八月一二日すでに設立され、被告の取締役就任登記がなされていること、右登記の申請について、被告の同年七月九日付印鑑証明書が添付されていること、被告が同日頃右取締役就任の意思表示をしたことがうかがわれること、デロルトが、その後である同年一二月一日設立登記がなされ、昭和五一年四月八日には本店所在地を東京都渋谷区千駄谷三丁目二〇番三号コーポコタニ二〇三号に移したことが認められるが、これらの事実からみると、被告がデロルトの取締役就任登記申請書に添付された昭和五〇年九月一目付印鑑証明書を並木に交付した当時すでに城南商事は設立されており、同年七月九日頃右取締役就任の意思表示をしていたことがうかがわれるにもかかわらず同年九月一日頃並木に印鑑証明書を交付したことによつて推定される被告の取締役就任の承諾もまた城南商事の取締役への就任承諾であつたとする理由に乏しいが、そのことから直ちに法人格を別にするデロルトの(名目的)取締役就任につき黙示の承諾の意思表示がなされたものと推認することもできない。また、<証拠>によれば、被告が代表者である城南自動車株式会社振出の額面合計五五〇万円の手形が並木に手渡されているなどの関係がうかがわれるとしても、右事実のみをもつて被告の黙示の取締役就任の承諾を推認させるものとはいえない。

3  更に、原告は商法第一四条の類推適用によつて取締役と同一の責任を負うと主張するので検討する。

前記認定のとおり被告は昭和五〇年七月九日被告の印鑑証明書一通を城南商事の設立に協力する趣旨で並木に交付し(名目的)取締役就任を承諾したのであり、城南商事が既に昭和五〇年八月一二日設立され、自己が取締役に選任された旨の登記がなされているのであるから、被告もこのことを登記簿によつて当然知り得たはずであるのに、前記認定のとおり、被告が並木から同年九月一日ころ、城南商事の謄本の控を作るため、との趣旨不明でとうていその必要の認められない理由から更に一通の印鑑証明書の交付を要求され、これに疑問も抱かずその真意を問いただすこともせず、右登記簿によつてすでに設立登記済みであることを確認せず、軽々にこれを手渡したところ、並木勇によつてこれが利用されて前記デロルトの取締役選任に関する議事録等が作成され、登記申請手続が行われたものとみられるのであるから、前記デロルトの取締役就任登記の現出について被告の行為がこれに加功する結果を招いたものであり、被告が右不実の登記現出を知らなかつたとしてもこれについて過失があつたと認めるのが相当である。なお<証拠>によれば、被告はブリヂストン埼玉販売株式会社から、被告のデロルト取締役就任登記がなされていることを昭和五一年八月頃電話で知らされ、同社で依頼して作成されたデロルトに関する調査書を閲覧し、並木に対し度々解任登記を求めていたが、並木の誠実性のない陳弁をたやすく受けいれ、結局登記抹消に至らない状態をそのまま放置する結果を招いたことが認められる。したがつて、被告は商法第一四条の類推適用により善意の第三者に対しては結局右登記が不実であつて被告が取締役でないことをもつて対抗することができないと認めるのが相当である。

そして、<証拠>によれば、原告が右取締役就任登記が不実であつて被告デロルトの取締役でないことについて善意であることが認められるが、東京ジャケットが善意であることについてこれを認めるに足る証拠はなく、むしろ右証拠によれば、東京ジャケットが実質的にはデロルトと同一のいわゆるトンネル会社であることがうかがわれ、右の点について善意であつたとは直ちに認め難い。

三そこで原告の損害等について検討する。

1(一)  <証拠>によれば、原告は、訴外東京ジャケット株式会社を買主として、昭和五一年六月二六日から同年九月二〇日までの間に商品はすべて原告から東京ジャケットの販売先であるデロルトに直送して納入することを約して別紙<略>のとおり合計金一〇三、六六〇、〇五〇円相当のカラーテレビ、ラジオ、テープレコーダー、電子レンヂ等を継続的に売渡したことが認められ<る。>

(二)  <証拠>によれば、原告は右東京ジャケットから前記別紙(2)の売買代金支払のためデロルト振出の額面金二二、四八五、〇〇四円、支払期日同年一〇月二五日と同振出の額面金二三、九四五、四五三円、支払期日同年一〇月二五日の約束手形二通、別紙(3)の売買代金支払のためデロルト振出の額面一五、六七一、七五〇円、支払期日同年一〇月二五日の約束手形(以上額面総額六二、一〇二、二〇七円)の裏書譲渡を受け、現にこれを所持していることが認められ<る。>

(三)  なお<証拠>によれば、訴外東京ジャケットは別紙(1)ないし(4)記載の時にそれぞれ表示の商品と同一のものをその都度原告からの直送により、デロルトに同額で、もしくはそれ以上で売渡したことが認められ<る。>

2  <証拠>によれば、デロルトは、同年一〇年二五日手形の不渡事故を生じて事実上倒産し、原告は前記デロルト振出の前記約束手形三通の支払を受けることができなかつたし、東京ジャケットもまた、デロルトと実質的には同一のいわゆるトンネル会社に近く、デロルトと同様に資力はなくなり、原告は同会社に対する売掛代金の支払も受けられなかつたこと、このため、原告は東京ジャケットに対する売掛代金債権金一〇三、六六〇、〇五〇円の支払、その内入弁済のため裏書譲渡を受けたデロルト振出の約束手形金合計六二、一〇二、二〇七円の支払を受けることができず、同額の損害を受けたものと認められ<る。>

四1  <証拠>によると、デロルトが設立された後名目的代表取締役である綾女は経営のすべてを並木勇に委ね、並木勇は名目的代表取締役である綾女を利用しながらこれに代つて社長を僣称し、代表取締役綾女の名義とその印章を使用して一切を専断し、六、七名の従業員を自ら使用し、帳簿、預金通帳、印などすべて自己がこれを保管し、多額の商品の買付を東京ジャケットを通じて原告らからした後市価の四割五分程度までの安値で売却し、その売上金を自己が取得し、返済不能となる危険のある訴外衛藤電線株式会社に漫然と援助のための融資を行つてその取立が不能になるなどデロルトに巨額の損害を与えデロルトを倒産するに至らしめたこと、右デロルトの倒産は、代表取締役綾女が、各目的な就任に承諾し、並木勇に対する監督をせず、右のような不正な意図を察知することができず、デロルトの代表取締役の職務を放棄し、その経営のすべてを並木勇の専断に委せた任務懈怠により同人の忠実義務に反する営業行為及び不正行為を許すことになつたものと認められ<る。>

2 しかして、被告が前記商法第一四条の類推適用により取締役と同一の責任を問われる場合、被告の意思にもとづく取締役就任がなかつたとしても、抽象的な任務遂行義務としては、取締役と同一にその責任を考えるべきであるといわねばならず、具体的な任務遂行可能性及び任務懈怠の有無にもとづいて商法第二六六ノ三の責任を判断することはできないものといわねばならない。けだし、そうでなければ結局この点で殆んどその責任は否定されることになり商法第一四条の類推適用を認め善意者保護を計らうとする趣旨が失われることになるからである。

ところで、デロルトの代表取締役綾女は、前記認定のとおり、並木勇の知合いで、名目上の代表取締役となることを要請されてこれを承諾したに止まり、デロルトの営業行為はすべて並木勇によつて専断的に行われていた(同人は取締役にも就任していなかつた)のであり、<証拠>によれば、綾女はすべての職務を同人に委ねたまま放置し、並木の指示で単純な雑務を負担していたにすぎず、重大な過失により代表取締役の任務を懈怠したことが認められるので、被告は抽象的義務として、右代表取締役の任務懈怠につき監視、是正義務を負うものというべきところ、<証拠>によれば、被告は何らのデロルトの取締役の任務を行つたこともなかつたことが認められるから、右代表取締役の職務懈怠は被告の重大な過失によつて放置され並木の専断行為が続けられる結果を招来し、デロルトを倒産に至らしめたものというべきであるから、右被告のデロルトに対する態度によつてデロルトが倒産した結果第三者である原告が被つた損害について被告は商法第二六六条ノ三の責任を負うものというべきである。

五1  それならば、原告がデロルトに対して有していた前記約束手形金相当額金六二、一〇二、二〇七円がデロルトの倒産によつて支払を受けられなかつたことにより同額の損害を被つたことに対し、被告はこれを賠償すべき義務があるというべきである。

2  原告は前記のとおり東京ジャケットに対して有する別紙(1)(4)記載の売掛代金四一、五五七、八四三円の債権者として東京ジャケットに代位して、東京ジャケットの被告に対する売掛代金相当額四三、三七九、九〇七円の損害賠償請求権の範囲で金四一、五五七、八四三円の支払義務を被告に対し主張するが、東京ジャケットは前記認定のとおり、被告の前記デロルト取締役就任登記が不実であることについて善意者と認められないのであるから、被告に対し商法第二六六条ノ三にもとづく損害賠償請求権を有しないというべきである。

3  結局被告は原告に対し前記1の金六二、一〇二、二〇七円及びこれに対する弁済期後である昭和五一年一一月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

六よつて、原告の請求は右の限度で理由があるので認容し、その余の理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(渡辺卓哉)

別紙<省略>

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